シドニー生活

アラフォーの医療系大学院生がシドニーで研究にトレランに奔走するお話

年内最後の登校日

12月17日が2019年最後の大学登校日となりました。

Uni close downは12月21日〜1月7日までなので、私は一足先に夏休みに入るように世間からは見られている笑。だって17日夜のフライトで日本へ帰るのだから、ぱっと見はホリデーに聞こえるよね。別にいいのだけど・・・。

あと、大学関係者には疲労骨折のことは話していないまま笑。引きずっていた足は、トレランでただ痛めたと思われているので、あえて「骨折」という表現は使わなかった。もうビブラム香港100に出場できないかもしれないので、足の怪我のことは悲しすぎて口にもしたくない泣。

 

私の2019年最終日はこんな感じだった。

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朝は近くのブロードウェイショッピングセンターによって、パン1個とラージラテ1杯を購入。最終日だし、これくらいの贅沢しないと自分の気持ちをいい感じのところまで上げていけない感じでした。

 

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そしてこの日は久しぶりに青空をみた!

これはかなり嬉しい。

年内最後の登校プラス年内最後のシドニー生活で青空が見えるとは思ってもみなかった。ここ数週間は山火事の影響で煙が充満して曇り空のような日々が続いていたので、もう青空がない暮らしが普通になりつつあった。シドニーにとっては良い兆しではなかろうか。

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この日はなんだかんだで少し遅めに登校。到着は9時ごろ。最終日に限っていつもより遅いけど、それで良いのだ。そんなこともある

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テスト期間中につきキャンパスはこのようにガラガラ。大学スタッフとHDRくらいしかキャンパスにいない。

 

こんな何気ない最終日に見えるけど、

とても大きな日になった。

なんどもいうが、

この日は登校最終日、

だけど、

早朝に大きな決断をしていた。

S5の開始を3月から5月に遅らせることにした。

遅らす理由は、スケジュールがあまりにもタイトすぎる。

研究班(私:全ての研究データ取り扱い担当、同僚:S5のシステム担当)の仕事が追いつかない。私の性格上、このままS5の3月開始は行こうと思えば23時残業を続けて突っ走ることができるかもしれない。しかし仕事の質を落とす必要がある。「質」に関わる研究をしているのに、研究班の仕事の「質」が落ちるのはいかがなものか。

S5は前向き観察研究なので、わたしのチームだけの問題ではない。現場の先生のご協力の元に成り立つ研究(謝金なしのボランティア)です。だから、とてもとてもとても大きな決断なんです。

 

とてつもなく大きな決断は突然やってきた。突然やってきたけど、この前日まで全力を尽くしたからこそ突然やってきたしできた決断でもある。

この決断はこの2日前の日曜の夜中23時すぎに議題にあがった。最初に口にしたのは私。S5のシステムを担当している同僚のプレッシャーを取り除くために出たコメントだった。翌日月曜はS5延期の話はお互いに口にせず、しかし火曜朝に「よし、S5は延期するべきだ」となった。現場の2名で下した決断をあとは上司へ報告するのみ。

 

登校最終日、ラテとパンを持ってオフィスへ到着すると、同僚がすでにスーパーバイザーへ報告した後だった。

そのままラテ片手にスーパーバイザーとミーティング。

賛同してくれた。

よかった。

私なら今までのようにギリギリでも期日を守ってS5スタートまでもっていくだろうと思ったけど、私が潰れる可能性があると。私のこの数ヶ月間の仕事量はとんでもないことになっていたのを知っていたので、体調と仕事の質を考慮して、懸命な選択だといってくれた。

スーパーバイザーは私がガッツがあることはもう気が付いている。いまでこそなんとか開始にこぎつけたS4、これすらスケジュール通り開始できるかわからなかった時期にスーパーバイザーは私を数回呼び出し「S4を延期してはどうか」と提案してきた。私はNOを貫いた。まだいけると。サーベイモンキーをアップする前日も「S4を延期してもいいぞ」と言ってきたくらいだ。

 

私がとことんやり続けて初めて行き着いた「これ以上仕事の質を落としてまでプロジェクトを進めたくない」という限界点、これをみれたからできた決断。

いろんな意味で、突っ走ったけど、結果的に、みんなにとって良いものになればいいなと思う。私自身はいまはこの決断は正しいものだったと、決して甘え・怠けからきたのもではない、そう思える。

 

スーパーバイザーから承認をいただいたので、その後は日本の先生へ電話報告。「遅らるのはよい決断」だと言ってもらえた。日本の先生の心配は、あまりの忙しさでS5の告知が十分にできない可能性があることを一番心配していた。大規模にS5を行いたいなら、データ作業の前に、参加者のリクルートも需要だからだ。

 

今回の決断を通して、研究メンバーそれぞれが違う角度から私の業務を見守ってくれているのがよくわかった。これはありがたいことだ。そして、大きなプレッシャーを抱えてつぶれそうになったとしても、「やるべきことがわかっている」「やりたいことがある」のは、人としてとても幸せなことだと思う。

 

ちょっとあつく語ってみたけど、最終日はこんなドラマから始まりました笑。おばさん研究者の青春って感じね笑。

 

で、この決断の話は火曜午前で終了なんだな。

そこからは本当に一瞬だった。

午後は17時〜18時半まで企業とオンラインミーティング、ダッシュで帰宅、ダッシュでスーツケース持って空港へ向かい、セキュリティーを抜けたらなんと「ボーディング開始15分前」

もうフライトすらギリギリ生活。そうとう精神削った暮らしぶり。

 

しかし、日本はやっぱりいいね。ANAさんの最高のおもてなしを受け、羽田についたのは水曜4時40分。予定到着より早いのよ。日本は早まることあっても、遅れることはないからね。日本、おもてなし一番だよね!

 

最近ブログかけてなかったけど、帰国後もすきみては頑張ってちょこちょこ書きます。今後の予定は、 

人前に立つ仕事納めは12月22日、

S4の仕事納めは12月22日の解析結果を取りまとめが終わりしだいなので未定、

S5の仕事納めは12月27日に企業へ提出する書類を送信したら終了(もちろんまだ取り掛かってもいないが)、

仕事納めはだからまだ未定。そこまでは日本食に癒されながら頑張ります。

では。