シドニー生活

アラフォーの医療系大学院生がシドニーで研究にトレランに奔走するお話

PhD Aが卒業、突然の帰国宣言

Aはパキスタン出身の留学生。スーパーバイザーは私の憧れるP先生(女性教授)、オフィスは私の向かい。PhDになる前はマレーシアの大学で講師をしていた。

そんな彼、2月末でまるっと3.5年!

💰彼の奨学金の期限は最長3.5年と決まっている。2月末までに博論を提出しないと、セルフファンディングになってしまうのだ。だから3.5年で博論をだした。

Aは10月頃から猛烈に混乱してた。突然スーパーバイザーの提案でdiscrete choice experimentの手法をつかた解析することになった。Aいわく、この解析のために使うソフトを触ったことすらないので、そのソフトを理解するのに時間がかかり、解析どころではないと嘆いていた。顔色もこの時期はかなり悪かったな(笑)ちなみに私はこのDCEを知らなかったのでどんなことするのか教えてもらったりして、わたし的には楽しかったりして。

 

Aはいいやつです。

彼が博論提出一週間まえ、

忙しい時期なのに、2/21金曜午後の私のP1祝・獺祭23パーティーに顔を出してくれた。

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そして博論提出日の2/28金曜、

忙しい時なのに、私のスーパーバイザーのサプライズお誕生日ケーキ会に誘ったら顔を出してくれた。歌だけ歌ってケーキを食べずにデスクへ去るくらいの忙しさのなか(笑)この時は私がケーキをデスクへデリバリーしました。

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(リコッタチーズケーキ)

 

 

ちなみにこのAが、先日ブログに書いたP1のお隣さんです。

同時期に

同じジャーナルに

論文がアクセプトされた(笑)   

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奇跡すぎる。

残念ながら現在は、in pressの欄から私の論文だけフェイドアウトして、Aのが右下に残っている状況。

私のP1

AのP3

コンビは解散です・・・

 

ここからがレベル5のびっくりしたところ。博論提出は金曜夜だったのは知っていたけど、 その5日後の水曜朝6時のフライトでパキスタンへ帰国するのは知らなかった、、、

本人もかなり迷っていてつい最近決意したみたい。

本人はオーストラリアに残って研究者として働くことを希望していたので、てっきり就活かと思ってた・・・。とりあえず博論のコメントが返ってくる3ヶ月後までは母国でゆっくりするらしい(←本人の希望ではなく親族の強い希望で帰国)

 

金に博論提出、土日月で3年半済んだ荷物をすべて処分し、火のお昼に大学の片付けにきた。忙しい中でも、お別れが言えてよかった。

 

それにしても、時間が経つのは早い。

私がAを認識したのが2018年の8月の学会の時。この時、Aも参加していた。帰国のフライトの機内トイレ待ちで偶然にAに出くわしたりして、帰国便が同じだったのもびっくり(笑)

あれから1年半だね。

もうAが卒業なんだ。この2年で一体何人のPhDを見送ったことだろう・・・。数えたくないくらいいる。当の本人も3年目に突入したところ。もはやニューではなくオールドよりになった。最短を目指してはいるので、残りは1年切っている。昨日Aに言われた「3年はvery very hard」だって(笑)そんなのはわかっているけど、目標は大きほうが良いので、大きな目標をたててあとはベストを尽くすのみ。データコレクションに忙しくて、まだ論文1本しか書いてないのが一番やばいと思うのだが、どうすることもできず。

とにかく

精進します!

Aくん、お気をつけて~

Have a safe trip! 

では。