シドニー生活

中年研究者のお話

UTMF2023- レース3

これが最後のレースレポ。

ブログの間隔が空いたのは自分の気持ちがついていけなかったから。人生初の大怪我でレース後は2週間寝たきりになって、つらかったのです。。。

さて、写真はほとんどないけど、残り60キロの気持ちをまとめます。

 

F5富士急‐F6忍野

100キロウルトラしか経験がない私にとっては
F5からが未知の世界だった。今レース唯一のドロップバックは、富士急96キロ地点。

実は富士急の前区間(F4ーF5)の山の頂上で、おにぎりを食べていたランナーさん(さかなクンのようなキャラのランナーさん)がUTMFのこと教えてくれました。

私「まだ完走に間に合いますか?」

魚「この時間にここにいるなら、完走の可能性はまだありますよ。だけど上りはゆっくりでいいから休憩なしでノンストップ歩き続ければの話。」

私「そう言ってもらえて元気でました。完走目標なんで。」

魚「だけど、一般的にはきららからが本当のUTMFと言われていますよ。ホホホ~」

私「きららってどこですか?」

魚「きららは124キロ地点。124キロ以降が本当のUTMFですから。」

 

よくわからないけれど124キロ以降がヤバイとインプットされた。何が何でも動き続けないと完走できないとわかり歩くランナーをどんどん追い抜いて前に進みました。

次のエイドF6忍野に到着:16時59分。

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エイド入口に

「仮眠室→」

ここで初めて仮眠室の看板。寝たいのだけど、、、我慢。鈍足ランナーは寝てる時間はないのだ。

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F6になると「おひとり様1個」の表記がなくなった。嬉しい。

F6のエイドで休んでいると、他のランナーが「おつかれー」「まだまだここはUTMFじゃない」「124キロからがUTMF」と笑いながら話をしている。さっきのさかなクン情報の通り、124キロのきららからがやばいらしい。

先を急いで17時26分にF6忍野を出発(27分滞在)。

 

F6忍野‐F7きらら

忍野を出てからかなり長い距離のロードを走った。それ以降は記憶がない。

F7きらら到着:20時17分。

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とうとう2回目の夜がきた。

この日は前日より気温が10度低下。F7に到着したら寒くて震えがとまらなくなった。ストーブ近くの椅子を確保しそこでうごけなくなる。暖を取りながらベテランランナーさんに次の区間の解説をしてもらう。

このエイドF7きららの先は400メートルアップの山。木が生えてない山の稜線を歩き続けることになる。突風が吹いているので防寒するようにと(体感0度を切る可能性もある)。。。

(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾木も生えてないトレイルで風よけが一切ないらしい。やばいやん。

私は突風に備えレインパンツ、フリースを装着。レインコートの上も羽織れるようザックの手の届くところに準備。ヘアバンドからビニーへ変更。

21時9分にきららを出発。(50分も滞在している)

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スポドリ・お湯の補給。この頃はコーラとクリームパンしか食べてない。

 

F7きらら‐F8二十曲峠-F9富士吉田

ここからが本番だー。

124キロ以降が本当のUTMFだと言われる理由がわかった。きらら~二十曲峠約13キロは登りと下りを繰り返すそれはそれは危険なトレイル。

登りはとにかく長い。永遠と永遠と登った後は永遠と下らなされ、また永遠と永遠と登る。しかもロープ使わないと進めないような急斜面もあっあ。傾斜があるのでロープあったとしてもね・・・危険だ。それに基本的に自分の歩いてるトレイルの両サイドが暗闇で何も見えない。たぶん崖のような道をすすんでいたと思う(普通は片側が崖で片側に斜面がある)。

 

正直、人生で一度も経験したことがない非常にテクニカルなトレイルを、124キロ走った足で進むのは危険。初めて身の危険を感じた。

 

きらら~二十曲峠を終えて、無事に二重曲が峠のエイドに到着。

到着は確か朝3時頃。

具のないお味噌をもらい一息ついていると、他のランナーさんが教えてくれた

「次の二十曲峠~富士吉田12キロはもっとやばい」

と。

(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾嘘でしょ?あれよりやばいの?

 

しかもこのタイミングでスタッフがランナーへ声をかけ始めた。

『そろそろ出ないと富士吉田の関門間に合わなくなりますよ。』

(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾え?まじ?

『まだ間に合うから急いで出て!後半の下りを頑張れば関門間に合うから。最後の林道を走れば間に合うから。』

(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾急いでエイドを出発した。

 

二十曲峠を出発したら、きららから二重曲峠よりひどい上りが待っていた。

レース全体言えることだけど、シドニーでは見たことないような急勾配のトレイル、これが永遠と続くのだ。立っているのもやっと。ひたすら登り登り登り。一体なんなの?ここは杓子山らしい。完走したい私はひたすら足を動かして休憩なしに杓子山を登り続けました。

すると山の上には大渋滞が!

前方をみるとランナーが四つん這いで石をのぼってる、、、、これランニングじゃなくてもはやロッククライミング・・・。

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(写真はネットから拝借)

ほぼ垂直に石を登る。ロープがある箇所はまだまし。それにしても安全ベルトなしに手と足だけで、3点確保を意識しながら岩を掴んで体をもちあげる。

(レース後は腕が筋肉痛で、お箸を持つ手に力が入らなかったのは、クライミングが原因だ)

 

こんな私でも杓子山をクリアできたのは前後にランナーさんがいたから。

前のランナーさんが足と手を置いた位置、置いた順番を覚え、それを実行。

後ろにランナーさんがいたので、転落したら大事故になるぞという緊張感。そのおかげで集中力を切らす事なく岩を登ることができた。

 

だけど難所をクリアできたところで私の右足に限界が訪れた。激痛で右足が自分を支えららないのだ。足を曲げると激痛。体重をかかるだけで激痛。

杓子山の下りが下りたくても下れない。

杓子山の下りは激下り。急な傾斜でしたは土。ロープが張り巡らされている。私は右足の激痛で斜面に立つことすら困難。。。

 

私にできることはロープにぶらさがって、うんていのように少しずつ土の上に左足と体を滑らせながら転がりながらおりるスタイル。右足は棒だから、歩けない。。。

 

時間を意識すると1キロ30分以上かかってる。この激下りに入る直前、スタッフが言ってた。

「激下りを6.5キロ進めばエイドですよ。最後の2キロは林道だからそこをしっかり走れば関門に間に合いますよ。」

つまりこの激下りがあと5キロ以上続く。関門に間に合うわけない。めちゃくちゃ悲しくなった。後続のランナーには心配されまくる。迷惑はかけたく無くないので「抜いてください」と言うことしかできない。追い抜いてくれといいながらコースの邪魔な位置にいる私、、、「動けないので、回りながら追い抜いてもらえると助かります」と次から次へとやってくるランナーに言いながら泣きそうになった。

 

次が最後の関門で、これクリアしたゴールなのに。。。

激下りを普通に降りられれば関門間に合うかもしれないのに(結構ギリギリ)。。。

 

とにかく一歩が激痛、というか二本足でトレイルに立つことができないくらい。後少しで関門なのに怪我で間に合わないことが悲しくて途方にくれてると、追い抜くときランナーさんが話しかけてくれるのだ(優しい) 。  

ランナー『ひざ?大丈夫?』

私『膝は痛くない。太腿の肉離れだと思います。』

ランナー『ゆっくりでいいからね。気をつけて。』

 

50人以上、いや80名以上か?かなりの数のランナーを見送りまじで泣きそう。そのうち後続のランナーがこなくなって、あーとうとう一人になったかと気分ダダ下がり。

 

そしてこれまでを振り返りはじめる。

ここまでの145キロ、フラットと下りはほぼ走った。140キロも走り続けた足で杓子山の急斜面をノンストップで登りロッククライミングだってクリアした。もう十分頑張ったじゃないか。

 

だけどふと思ったのだ。

ランナーあるあるで、スタッフの言う距離と実際の距離は違うことがある。

先ほどスタッフは激下りが6.5キロといったけど、もしかしたら激下りは2キロで、残り4キロは緩やかな下りかもしれない。その場合は無理して走れば関門に間に合う?

 

スポーツやるときの私って、

鋼のメンタルだね

笑笑

 

このまま本当に激下りが続く場合、今のペースだと関門に1時間半遅れで到着。だけど、もしかして激下りが短ければギリギリ間に合うかも???私は一人ロープにぶら下がりながら崖のような土の下りを左足と手だけであきらめずにくだることにした。2キロほど行くとスタッフがいた。

 

私「この先のコースも激下りですか?」

す「ここからは普通のトレイル。トレイルの後は2キロは林道だよ。」

 

予想通り激下りは6キロではなかった。気持ちを入れ替えて、激痛の右足でひたすら緩やかな下りを走って最後のエイドF9へ到着。

関門の20分前でした。

 

まずは時計を充電。水分を補充しクリームパンをバックにしまう。ほうとうをもらう。

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だけど食べる気力はない。ずっと痛かったので頭もぼーっとしてる。

 

とりあえずボランティアの人に次の区間の情報をもらう。

 

ここ富士吉田からゴール富士急まで15キロ。15って長い。1300メートルの山を登って下りてくる必要がある。

それ聞いて絶望しかない。

おばちゃんいわく、一般人だと全歩きで5時間かかる区間、ランナーなら遅い人でも4.5時間あれば十分だと。

 

名物のほうとうなんて食べる気分じゃない。

右足をさすりながらDNFが妥当だと思った。

 

またまたアドバイスによると、下りは全て走り、登りを休憩なしで歩くことができればゴールに間に合うと。

 

そんなの簡単じゃない。右足死んでるもの。人生で一度も1300メートルの山を登ったことなんてなかったのに、このレースでそんなレベルの山をいくつもこえて、なんで最後の最後に150キロ走ってきてまた1300メートルやねん。一瞬リタイアしたほうがいいかなと思った。

 

ほうとうをたべるためにテントの椅子に座ったのに食欲はなく冷や汗がとまらない。そこへスタッフが

「7時にエイドを完全にアウトしないとだめだよ。そろそろ準備してね。」

声をかけている。

そのスタッフはめちゃくちゃ見たことがある。トレイルランナーだろうなと思ったのでお兄さんにきいてみた。

 

私「太腿前を怪我したので、激痛で足が曲がりません。前ももの痛みを和らげる方法ありませんか?フラット、上り、緩やかな下りは痛みを我慢すれば進めるけど、急な下りは物理的に無理。」

 

ストレッチを教わり実行してみた。少し痛みが和らいだきがした。テーピングも聞いたけど時間がないので諦めた。

 

お兄さんが言う「完走できるかわからないけど僕なら登りにかける。下りはあきらめて登りで時間を稼ぐんだ。ノンストップで行けば可能性があるかもしれない。」

 

これを聞いて、間に合わなくてもいいので先へ進むことをきめた。

 

富士吉田の関門閉鎖5分前、スタッフがあわただしくなる。スタッフがランナーに叫ぶ。

『7時にはここを出発しないとクリアになりませんよ!出口は先だからね!』

 

私は仕方なくほうとうを食べながらゴミ箱にむかう。冷えたうどんを半分食べて半分捨てた。

荷物を背負い関門閉鎖3分前、スタッフに止められたけど振り切ってトイレへ(笑)。

トイレから出たら関門閉鎖1分20秒前。スタッフにダッシュするように言われ(出口まで地味に遠い)走った(足痛いのに)。どうやらエイドの出口はもう少し先にあるらしい。トイレから真っ直ぐ走って右曲がって左曲がってようやく出口のマットを通過。

 

スタッフ「ぎりぎりオッケー。1分切ってたけど大丈夫だよ!いってらっしゃい。」

笑顔で見送られ歩き始めるわたし。

 

エイドの出口は慌ててエイドを出発したランナーが荷造りや休憩をしていた。我々鈍足ランナーは関門と戦いながら前に進むのだ。もはや見慣れた光景。

 

私は最後の区間1300メートルの霜山をできる限りノンストップで登り、痛みをこらえてくだった。緩やかな下り・フラットは走った。急な下りは斜面に立つことすら難しく、足が曲がるたびに激痛で気を失いそうになり、大声を発しながらながらおりた。人は激痛だと、痛みを紛らわせるために大声をあげる生き物らしい。

 

お兄さんから教わったストレッチは霜山の入口・頂上・出口で行った。そして山を降りてからゴールまでの間も2回ストレッチをした。これで少しずつ痛みが和らいだのだ。ロードならなんとか足を引きずらずスピードをいじして歩くことができた。

 

そんなこんなでようやく富士急。

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本当にぎりぎりゴールできた私はラッキーでした。関門15分前に滑り込んだ。

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ガーミンみても信じられない距離と時間。

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人間はすごいね。寝ずに44時間動き続ける事ができるらしい。

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ガーミンがくれたバッジには

狂気

と褒め言葉が笑。

 

レース後、地元に戻ってきたのは夕方18時半。車に乗って近所の整形外科へ。

私は整形外科から戻ると松葉杖生活を開始。トイレお風呂食事以外はベットで丸2週間の寝たきり生活を送ることになった。とにかく横になっていないと辛かったし、横にならないといけなかった。オペじゃなかっただけまし。

それにしても、足を怪我してから何で20キロも走れたのか謎。かなりの痛みなのに走ってたなんて笑。ここまで大怪我になってでも完走したかったんだな。全てを出し切って、確実に結果を出す、私らしいと言えば私らしい。

まぁ、そんな感じ。

では。